【猫説】今昔物語

猫が織りなす不思議な世界の物語

【猫説 今昔物語】猫壱と猫丸 その1

今となってはもう昔のことになってしまったので,それが本当のことなのかどうか知っているものはおりません。ただ,これは本人から直接聞いた話でもあるので,本当のことなのかもしれません。

何某の村にとても良質な温泉がわく宿がありました。その宿が多くのお客でにぎわっているのは良質な温泉がわくだけでなく,猫壱という噺家が毎日お客の前で何かの話をするからでもありました。

猫壱のする話は面白く,一度聞き始めたら,話が終わるまで何刻でも聞き入ってしまうほどでした。あるときなど,猫壱が話をするうちにどんどん調子に乗ってきてしまって,話し始めたのが夕刻だったのに終わったときには一番鶏が鳴いていたなんてこともあったくらいです。ただ猫壱が人気なのは話が面白いからだけではなかったそうです。どんな重い病でも,猫壱の話を何度か聞くうちにすっかりよくなってしまうのです。湯治も効かないのに,猫壱で治ったなどという話が瞬く間に付近一帯に広まり,多くの客でにぎわったそうです。

また,この地域には古くから万病に効くといわれた何某の神が一柱祀られておりました。この神も病を治すという神通力をもっておりましたが,猫壱の噂が広まるにつれて,少しずつ詣でるものも減っていってしまったそうです。変に思った神が様子を見にお客の姿になりすまして,宿に行ってみました。

神がお客に混じっていることも知らずに猫壱の話は今日も絶好調で,お客はみな上機嫌になり,中にはまるで神を拝むように猫壱を拝むものまで出る始末です。皆口々に,頭のケガが治った,腰痛がすっかりよくなった,子供のおねしょがなくなったなどと,猫壱に感謝のことばをかけていきました。今まで神である自分にかけてこられたことばたちがすべて猫壱にかけてられていく様子を見ても,神は何とも思いませんでした。そのくらいに,猫壱の話が面白かったのです。神はさっそく社に戻り,なかまの神々に宿で見た猫壱の話をして聞かせました。

すると,話を聞いたほかの神々まで,お客の姿になって,猫壱の話を聞きに行くようになってしまい,この地域一帯をお守りする神がすべていなくなり,温泉宿に集まってしまったのです。その状態に怒ったのが,それらの地域の神をまとめる天の神でした。

そこで,ある日,猫壱がいつものように話を終えた瞬間に,天に召し上げてしまったのです。その様子を見た,客たちは驚くとともに,きっとあまりの猫壱の話の面白さに天の神さまが話を聞きたいと独り占めしてしまったに違いないと思いました。

しかし,猫壱のいなくなった温泉宿では,万病に効く温泉の効果もなくなり,少しずつ客足が遠のいてしまったのです。これではあまりにもかわいそうなので,その宿にわく温泉にだけ,特別な力を神はお与えになりました。それが,今に伝わる何某の湯です。

さて,神隠しにあった猫壱はどうしたかというと,何年も経てば噂も絶え,今ではほとんど知るものはいなくなってしまったそうです。だから,この話も宿にすむものの中でも最年長のものが,子供のころに宿の最年長のものから聞いた話として伝わったものです。

 

「という話なんだけど,ねぇねぇ面白いでしょ」

最近,毎日,雪さんの病室に来るようになった猫丸が雪さんの顔を見ながら微笑んだ。

「本当に丸ちゃんはお話が上手ね。まるで話に出てくる猫壱さんのように,わたしも少しずつ元気になってきたみたいよ」

 そういって,雪さんはいつものように優しく猫丸を撫でてあげた。こうやって,猫丸の話を聞くのが雪さんの日常である。もう子供をうんでからずっと病にふせっている。その子供も猫丸のお母さんである三毛さんと幼馴染というくらいだから,もうずいぶん長いこと一日のほとんどを病室で過ごしているのだ。そんな雪さんの病室に猫丸がひょっこりと現れたのは,今年初めの雪が降った寒い朝だった。雪さんの一人娘である猫又に連れられてやって来たのだ。

「ほら,母さんの会いたかった三毛さんの子供を連れてきたよ。話し相手にちょうどいいと思うからね。猫丸,母さんが疲れたら,すぐに休ませるんだよ。それじゃぁ,あたしは高座の時間が近づいてきたから,もう行くね」

そう言うと,猫又は猫丸を置いて,出て行ってしまったのだ。それからというもの,毎日,毎日,新しい話を猫丸は雪さんに聞かせてあげた。初めは横になりながら聞いていた雪さんも今では病院の庭まで出歩いて,話を聞けるようなったのだ。不思議なことに,猫丸の話を聞きにくるようになったものたちは皆一様に元気になっていったのだ。

「ねぇ,雪さん。勘八おじさんはいつ帰ってくるのかな。早く帰ってこないかな。おいしいお土産を買ってきてくれるって言ってから」

猫丸はおいしいものに目がないので,気持ちはすっかりお土産に移ってしまった。それでも,雪さんはそんな猫丸の声を聞くだけで,また少し元気になれたようだ。

<つづく>